創立31年の朝

 英国国際教育研究所
所長 図師照幸

 庭の樹木や草花をじっと見つめるのが増えた。名前など皆目知らないのだが、ああ、去年の今頃も咲いていたな、とそのぐらいは思うのだ。そして必ずいつも、父を思い出す。父は和服姿で庭に立ち、静かに庭木の手入れをしていた。日本に戻った際、せっかくだから父と何か話がしたいと機会をうかがっていたが、何しろ寡黙だ。父も人前で話す機会は多かったが、家にいるときは黙っていた。「その花は?」と庭に立つ父に話しかける。「ああ、これはね、学名を○○と云ってね、……」「……」
 その父が逝って多くの年月が流れた。父が亡くなる少し前に、母も旅立っていた。二人は今も、たびたび夢に現れてはぼくに語り掛けてくれる。「教育というのはね、……」「世の中に、悪い人というのはいないのだからね、それぞれの人の良いところを見る、見付ける力をつけるんですよ」父も母もいつも優しいのだ。兄や姉たちも、そして義姉たちもまた、たまらなく優しくしてくれる。どんな迷惑をかけても、「いいんだよ、兄弟じゃないか」ということばで、支えてくれるのだ。孫のいる年老いたぼくはまだ、甘え、支えられている。
 いや、研究所のスタッフたちも、教育と文学のこと以外は何もわからないぼくを必死で支えてくれている。卒業生もそうだ。「先生、元気?」などとメールを送ってくれる者たちは、振り返ってみれば20年以上も前に卒業した者たちだ。卒業生の父親や母親もまた、長い年月が経った今も、たびたび連絡してくれる。
 そして、様々な世界で生きる友人たち、がんに侵され、余命いくばくもない友人が「頑張れ、信じる道を生きてくれ」とエールを送ってくる。深夜、「会いたい、会いたい」とまるで青年のような連絡をはるか9時間も時差のある所から送ってくる。
 そうだな、と思う。ぼくはまだまだ、若い。研究所はさらに若い。これからだ。これからまだうんと努力して、教育とはどうあるべきか、教師はどのような人間でなければならないのか、学校とは何だ、と追求していかなければならない。たくさんの人たちの支えをたっぷりと抱きしめながら、まっすぐに一歩ずつ歩みを進めよう。時に立ち止まったっていい。その場に立ち尽くしたとしても、遠い、遠い、ずっと前を見つめながら、もう一度歩き出そうと思う。
 庭の樹木や草花の間を栗鼠が走り回る。今年の創立記念日は、コロナウイルスのおかげで、毎年欠かさずやっている思い出の地を巡ることを許さない厳しさの中にあるが、もう一度心に清新な思いを吹き込み、静かに迎えようと思っている。(2020.04.01)


注 目 イ ベ ン ト

2020.3.24
●日本語教師養成課程 講座説明
●公開講義・ことばのセミナー「教えるための言語分析の視点」
●4月10日(金)・14日(火)・23日(木)・29日(水)

N e w s & I n f o r m a t i o n

2020.4.3
英国国際教育研究所は創立30周年を迎えました。
世界が大きく変わろうとしている今、わたしたちは教育の可能性を信じて、ささやかながら、確かな歩みを続けます。
2020.4.3
濫觴196号を発行しました。
2020.4.2
オンライン授業を取り入れた日本語教師養成Certificate課程開講<5月11日>
以下のオンライン授業とスクーリング(教育実習)から構成されています。英国・日本以外からも受講していただけます。
【オンライン授業】5月11日~7月13日 月・水 英国11:00~12:45/日本19:00-20:45
【スクーリング】a)~d)のいずれかのスクーリングに1回参加
a) 2020年7月20日~7月31日 b) 2020年8月13日~8月26日
c) 2020年12月7日~12月17日 d) 2021年4月6日~4月16日
e) 2021年7月19日~7月30日 f) 2021年8月12日~8月25日
2020.3.9
既に日本で児童英語教育に携わっている先生方を対象とした夏期集中セミナー「国際コミュニケーション能力開発法セミナー・児童英語教育STEC-pro」を開講
2020年8月3日~7日(5日間)
2020.3.9
ロンドンで行う日本語教育実習プログラム受講生募集中
2020年7月23日~29日(土・日を除く5日間)
2020.3.9
2020年5月スタート。東京7日間+ロンドン2週間
2020.3.9
2020年夏の受験生を対象としたGCSE/Aレベル日本語試験対策 春期集中コース
4月6日(月)~4月9日(木)/4日間
2020.3.9
GCSE Japaneseスピーキング スカイプ模擬練習(随時)
詳細はenquiries@iiel.org.ukまでお問い合わせください。
2019.12.24
あたたかいクリスマスとすばらしい新年をお迎えください。
英国国際教育研究所 所長 図師照


活 動 一 覧

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London College of Education, Graduate School(LCE-GS)

日本語教師養成課程・児童英語教師養成課程を開講しています。

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London Language Centre

英国政府国際文化交流機関The British Council認定の英語講座、外国語としての日本語講座を開講しています。

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こどもの未来研究室

教育の原点ともいうべき子どもたちの教育について研究や実践活動を行っています。

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日本語教育協議会
日英の教育と文化に関する研究協議会

言語学・言語教育や国際教育等に関する研究団体・学会の本部です。

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国際教育講演会
国際教育シンポジウム

国際教育に関する講演会を英国及び日本で開催しています。

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国際言語教育賞(伊藤克敏賞)

言語教育の世界で地道に活動し、その実績を挙げている個人・団体を対象としています。

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英国の公的試験センター

英国の統一試験であるGCSEやGCE-Aレベルを実施する国の公的試験センターです。

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英国留学サポートセンター

大学、小・中・高校、専門学校、語学学校等への留学をサポートします。

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出版局

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連載コラム

図師照幸の日本語を歩く 246
うつくしい

「ああ、憂鬱だなあ」 と下やん。「そうですねえ」 とNくん。新型コロナウイルスに二人してため息をついている。毎日発表される感染者の数や死者の数に気持ちが滅入っているのだ。二人とも純粋で、気持ちが優しいのである。だから、感染した人や死んだ人の遺族のことを考えると、たまらない気持ちになる。「いつまで続くのかなあ」「いつまで続くんでしょうかねえ」「なんとかならないのかなあ」「なんとかならないんでしょうかねえ」 二人のため息はもう20分以上も続いている。「でも、下やん、いや、下川さん、日本は他の国と違って、清潔ですし、うつくしいから、案外早く終息するのではないんでしょうか」「ん? Nはそう思うか?」「いや、そうであってほしいと、思ってるだけですが……」「うん、そうだよなあ。でも、本当に日本という国はうつくしい国なのかなあ。われわれ日本人はうつくしいものを大切にしようとしているのかなあ」「……」「オレは時々思うんだよなあ。みんな自分の家の中とか、自分の車だとか、いろいろ整理したり、飾ったり、磨き上げたりするけどさあ、一歩外に出ると平気で路上に物を捨てたり、中にはつばを吐いたりさあ、するじゃないか。街の風景だってさあ、店の看板なんか、目立たんがための、派手なものが、不調和に並んでいるだろッ」「そういえば、ロンドンに住んでいた頃の街並みは、調和がとれていて、緑が多くて、まさにうつくしかったですよね」「そうだろッ、そこのところがどうもよくわからないんだよ、オレは」「そうか、そうですよね。自分の小さな世界は大切にするけれど、みんなの世界は、つまり公共の場についてはあんまり気を遣わないような気がしますねえ」 コロナは、二人の奥深いところにある心を引き出したようだ。*うつくしい=もともとは、妻や子などの肉親に対する愛情表現であった。あるいは、枕草子に「うつくしきもの、瓜に書きたる児の顔」 とあるように、幼い子どもや小さいものに対する思いであった。つまり、身近な、ささやかなものに対する思いがうつくしいといったことばの本質で、もっと大きなモノや空間に対する思いではなかったのだ。日本人の〈うつくしい〉とは、自分以外を包み込む感性ではないのである。(2020.04.05)

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